創立50周年を迎えて
医療法人安積保養園が創立50周年を迎えることに、大変大きな感慨を覚えます。前理事長の故佐久間有寿は、昭和38年に開業してから、休むことなく、統合的な医療福祉体制としての基盤となる事業を展開してきました。当時まだ社会で目を向けられない心身に障害を持つ子供のために、昭和42年には社会福祉法人を設立して、知的障害児のための、愛育園を開設しています。病院には児童病棟を設置し、音楽療法や絵画療法なども積極的に取り入れていました。昭和50年代には県立の養護学校を誘致しました。また、福祉法人として県内で先駆けて特別養護老人ホーム安積千寿園を開設しました。病院の展開としては、社会復帰を目指す、リハビリテーションを目的とする分院として、ささがわホスピタルを設置しました。現在の、あさかホスピタルグループの展開の基盤が、開業当初から着々と進められて来た歴史を振り返ると、改めてその事業展開の先見性を感じます。
私は20年前の丁度30周年を迎える平成4年6月に、コロンビア大学の公衆衛生学教室で「医療政策と管理」を学んで帰って来ました。米国で学んだことがすぐ役立つ筈もなく、突然院長となり、不安だらけの毎日でした。当時、高橋志雄先生と新国茂先生という両副院長が居て下さったことが、実務は勿論、精神的にも大変大きな心の支えでした。阿部ツヤ子総婦長を迎え、徐々に病院が一丸となって、構造改革、診療の質の改善、そして地域医療への展開への取り組みが始まりました。
最初に着手したことは、毎年病院の方向性と具体的な事業計画を明確にして職員に周知したことです。そして、病院運営の大きな転機は、平成8年に東邦大学の水野雅文教授と明治学院大学の村上雅昭教授に勧められ、イタリアでイアン・ファルーン教授のOTPのワークショップに出たことです。それを契機に、OTP(統合型地域精神科治療プログラム)の導入を決意し、毎年ファルーン教授をお招きしてワークショップを行い、そして統合的な地域医療を目指す「ささがわプロジェクト」、NPO法人アイ・キャンの設立と、大きく動き出しました。
病院のハード面の整備では、共同建築設計事務所の鈴木慶治先生と出会い、平成11年には当院の療養環境を大きく変える「A棟」が完成し、ストレスケア病棟や認知症疾患治療病棟を開設しました。A棟は、全国から多くの見学者が来訪し、その後日本医療福祉建築賞を頂きました。ストレスケア病棟をスタートして3年程経過した頃、不知火病院の徳永雄一郎先生に病院でご講演を頂き、日本ストレスケア病棟研究会にも参加させて頂くようになりました。平成12年には、介護保険法制定に合わせて、「あさかホームケアーズ」として訪問看護、認知症デイケア、居宅介護支援事業所をスタートし、現在は包括支援センターも委託を受けて地域医療介護サービスの拠点を作りました。2000年を機に、オーダリングシステムを導入し、その5年後に電子カルテ導入とIT化にも早期に取り組みました。また、平成16年にはさくまメンタルクリニックを移転し、うつ病リワーク研究会の五十嵐良雄先生の活動を参考に、リワークデイケアを開始しました。その後カウンセリングルームや従業員支援プログラム(EAP)と連携を図ることで、メンタルヘルスの一連のシステムが創られました。
また、この頃から精神科救急病棟の設置を検討していました。設計士の鈴木先生と相談して、小規模な全個室30床の救急病棟とストレスケア病棟、そして精神科病院のイメージを一新する外来の建設を決意して、平成20年に完成しました。エントランスホールにはカフェがあり、コンビニ、ヘアサロン、アロマテラピーのテナント等、地域の人々が気楽に訪れて頂けるアメニティーが完成しました。また「リハビリテーションセンター ソーレ」は、急性期の作業療法に特化し「デイケアセンター イル・マーレ」と共にリハビリテーションの様々な機能分化が明確になりました。また、子どもの心外来のニーズも高まり、児童から老年期までの多様な治療体制が整ってきました。
この間に社会福祉法人安積愛育園も知的障害や自閉症、そして発達障害を抱える子供から大人までの入所機能、ショートステイ、グループホーム、通所、ホームヘルプ、相談事業と地域支援へ展開してきました。地域生活サポートセンター「パッソ」でのアート活動、児童デイサービス「パローネ」での発達障害児童へのプログラムなど、様々な取り組みを行っています。大震災で被災した愛育園は、建替えを行い、来年4月には“総合発達支援センター”として新たなスタートを切る予定です。また、来年度には猪苗代町に障害者アートの美術館の計画など、ソーシャルインクルージョンに向けての取り組みが進んでいく予定です。
安積福祉会では、平成22年にユニットケアの「カーサ・ミッレ」が竣工し、しらさわ有寿園、有料老人ホーム「カーサ・ヴェッキオ」と医療法人の老人保健施設「啓寿園」との連携が広がり、老人介護の幅も広がりました。
現在郡山の隣の本宮市に展開する「Kふぁーむ」には安積福祉会の特別養護老人ホーム、アイキャンのグループホームと就労移行、愛育園の自立支援サービスと複合的に展開し、農場レストラン「SAGRA」も営業を開始し、この「Kふぁーむ」全体が、あさかホスピタルグループが協働する地域共生事業「チルコロ」として、正にソーシャルインクルージョンのモデル的な事業として展開しています。
これまで20年間の歩みは、職員が連携を密にし、協力は勿論ですが、地域の方々を始め、本当に多くの方々のご理解とご支援によって実現してきたものです。福島県立医科大学の丹羽真一教授には就任以来20年間この福島の地でご指導を頂きました。また、母校の慶應義塾大学では保崎秀夫教授、浅井昌弘教授、恩師の鹿島晴雄教授、そして三村將教授の4代の教授に大変お世話になっています。そして東邦大学の水野雅文教授には、毎月ささがわプロジェクト会議にお出で頂いて、地域における精神科医療の在り方について、学問的なご指導や職員の教育をして頂いています。本当に多くの先生方に、ご支援やご指導を頂いてきたことに心から感謝申し上げます。
また、様々なプロジェクトを企画するアイデアやそれを実行しようというモチベーションは、私自身の力ではなく、貴重な出会いから生まれたのだと実感します。まず、日本精神科病院協会では、多くの先生方から沢山の事を教えていただきましたが、特に、山崎學会長には、委員会活動から長くご一緒させて頂き、その指導力と行動力から、リーダーの在り方を学ばせて頂きました。
病院の運営に於いては、「海精会」の仲間の存在は、大変心強く、刺激を受けています。中でも海精会の4人の先輩は、私自身が精神科医療を実践する上で、大変大きな存在で、強い刺激を受けて来ました。成増厚生病院の新貝憲利先生は、病院もその人間的にもスケールが大きく、全国的なEAPの事業を展開され、広い知見と強い影響力をお持ちです。大阪のさわ病院の澤温先生は、地域精神科医療と精神科救急医療に正面から取り組み、率先して精神科医療の在り方を切り拓き、自ら実践されています。福岡の不知火病院の徳永雄一郎先生は、うつ病理解やストレスケア病棟での治療システムを確立され、日本のうつ病の特徴とその治療の在り方に大きな貢献をされています。同じく福岡の、のぞえ総合心療病院の堀川公平先生は、病院の治療構造を明確にして集団精神療法や治療共同体的な独自の治療システムを展開されています。この4人の先生方は、それぞれの哲学と信念から、ご自分の考える精神科医療を実践するために、従来の枠組みに囚われることなく、大変独創的な展開をされています。現在の日本の精神科病院、或は精神科医療の在り方に、大変大きな影響を与えて来られていますし、私自身が尊敬する先生方です。
昨年の東日本大震災以来、福島県は大きな打撃を受け、長期的な困難を背負いました。そんな中、スタッフは避難者の支援にも奔走しました。これからの10年は、あさかホスピタルグループは独自に達成すべき課題もありますが、これまで以上に地域と一体となって、積極的な地域づくりを考えて行くことが求められ、グループの真価を問われる時期だと考えます。震災前に、私は病院の「価値と倫理規範」のひとつに「地域の方々と職員の幸せ」という概念を挙げました。このような困難の中でこそ、あさかホスピタルグループが、大きなチームとして地域の幸せを共に創るために前進し続けなくてはならないと考えています。
今年の2月に、被災後の混乱の中で、知的障害者のスポーツ大会「2012年第5回スペシャルオリンピックス日本 冬季ナショナルゲーム・福島」を有森裕子大会長のもと、実行委員長として開催し、グループから200名のボランティアが参加しました。約950名の選手団に3,000名のボランティアが参加し、県内外の多くの皆さんの協力により盛大な大会となりました。そして、福島県から3人のアスリートが2013年の韓国の冬季世界大会に参加することになりました。改めて、参加した全ての人々の笑顔と心のつながりが素晴らしい感動を生むことを実感しました。
あさかホスピタルは、これまで多くの方々からご利用、見学、訪問を受けていますが、職員の明るい笑顔と挨拶を褒められることが一番うれしいことです。職員一人ひとりの前向きな思いと、チームワークがあさかホスピタルの一番の財産だと考えます。今、あさかホスピタルグループは徐々にその存在と信頼を大きくし、職員も900人を超えました。グループ全体でのチームワークが生み出す力は大変大きいと考えます。今回の50周年は「笑顔をつなぐ」というテーマで記念事業を行うことになりました。この50周年事業を、これからの10年、20年、そして50年の起点になるような楽しく、創造的な活動にして、新たな、力強い一歩を踏み出せればと考えます。